出力した自作を眺めるとおこる葛藤について

  作曲のスケッチをする時って、まさに「夢中」になっていて、その後のMacでの浄書の時間も「夢中」になっていて。いよいよ完成した作品をレーザープリンタで出力して、移動しながらとか、一人飲みをしながら眺めてみるんですね。この時は作曲家としての自分はかなり冷めていて、指揮者としてのリーディングになっている気がするわけ。ま、それは良いとしてね。

  そうすると、たまに根本的なところで「こうじゃなかった感」というか「もうすこし他の良いアイディアがあるんじゃないか感」というか「初演してくださる団が歌うイメージがイマイチ浮かばない感」というか「難易度もちょっと抑えるべきじゃない感」というか「最初からVI度調のII-Vを使わずにクライマックスに取っておこうよ感」というか「その裏コードを経ての転調はちょっと場にそぐわないだろうよ感」というか。とにかくいっぱい出てきてしまう場合があるわけですよ。面白いのは、出力して「紙」で見ないとこういうことって思わないことが多くて。

  で、そういう場合には究極の選択でして、書いた時の感覚を信じてそのまま納品する、か、ゼロからやり直す、のどちらかしかないのです。僕の場合。一箇所だけ直せば解決する話ではない!

  …と、それを悩んでいる時間は決して勿体無いわけではない、と信じるJust Now@小山駅のPRONT。


― 曲が喜ぶ演奏、ことばが喜ぶ演奏 ―

合唱を愛する作曲家・指揮者として 。
この合唱団上手いね、ではなくて「この曲いいね」と呼ばれる演奏を・・・
曲がチャーミングに聴衆に届く演奏を目指しています。
「ことば」を豊かな息遣いで、
色彩豊かな芸術へ昇華させて表現することを常に目指しています。
是非、一緒に音楽しませんか?。


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